2009年8月16日日曜日

ヘルニアについて

ヘルニアと言っても、腰のヘルニアや食道裂孔ヘルニアなどいろいろありますが、
今回お話しするのは、鼠径ヘルニア(鼡径ヘルニア、脱腸)についてです。

鼠径ヘルニアは手術の入門とされ、外科医なら誰でもできる手術です。
したがってヘルニアに専門性があるかというと議論の余地はあるでしょう。

私は「日本ヘルニア学会」という鼠径部ヘルニアと腹壁瘢痕ヘルニアに関する学術団体の
評議員を務めています。学会ではヘルニアに関する専門的な発表を聞いて勉強しています。
そのなかでヘルニアの専門性について感じていることを述べさせていただきます。

まずは治療成績について。
ヘルニアは誰がやっても、大方、治ることは間違いありません。
手術方法もいろいろありますが、どの方法でも大きな差はないと思います。
しかし、頻度は少ないながらも合併症(後出血や感染、その他)や後遺症(慢性疼痛など)、
そして再発のリスクは、医師によって異なります。
これは外科医としての能力差があるというよりは、単に経験の多寡による部分が大きいと言えます。
これを専門用語で surgeon volume とか learning curve というふうに表現します。
手術の結果の良し悪しは、経験数に影響を受けることは科学的に証明されていることです。
その意味において、ヘルニアを専門としている外科医の治療を受けることにはメリットがあるでしょう。
稀な合併症や後遺症、再発のリスクという観点だけではなく、傷の大きさや手術時間、
術中・術後の痛みなど麻酔法に関連することや、入院期間など、手術を受ける全ての患者さんに
関わる事柄についても差があるのではないでしょうか。
また、抗凝固薬(ワーファリンやアスピリンなど血栓を予防するお薬)を内服している患者さんは、
以前は、このような薬を中止して(あるいはヘパリンに変更して)手術をしていましたが、
最近では内服を継続したまま手術を行うことが可能であることがわかってきました。
このことで、血栓症による重篤な合併症(脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓症など)のリスクを上げずに
かつ出血のリスクも特段上げることなく手術が可能であることを検証しています。
このようなヘルニア診療における先進的な取り組みも、ヘルニアを専門としているからこそ
できることであると自負しています。

次に重要なことは教育です。
ヘルニアの手術は、手術の基本手技が多く含まれており、若い外科医に手術を教育する上で
実に多くの材料を提供してくれます。
これは、患者さんを教育の材料にするということではありません。
手術の質を一切下げることなく若手医師の教育を行うことが可能となってくるのであります。
手術の展開上、問題ない場面では、主導権は指導医たる私が握りながら、若い医師に執刀させ、
何か問題があるようなら、直ちに自分が手を出す、というふうな柔軟な手術によりこれが実現できます。
また、指導医が最適な術野を作ることで、手術がやりやすくなるため、経験の浅い医師であっても
上手に手術ができるという面もあるため、むしろ経験のある医師が助手を務めた方が
良い手術となることは、しばしば経験されることであります。
このような教育上の利点も、たくさんの手術を経験することで蓄積されるノウハウといえます。

鼠径ヘルニアの治療を受けるのであれば、症例数の多い施設(または医師)の治療を受けるのが
いいのではないでしょうか。
このことは単に鼠径ヘルニアに限らず、全ての外科系疾患についてもいえることだと思います。

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