2009年11月26日木曜日

リヒテンシュタイン法(Lichtenstein)

私が研修医の頃、鼠径ヘルニアの術式は、組織と組織を縫い合わせて穴をふさぐ手術が主流でした。マックベイ(McVay)法、マーシー(Marcy)法などです。(実はこの時代、既に欧米ではメッシュが広く用いられていましたが)。しかしながら現在では多くの外科医がメッシュを用いた術式を採用し、もはや標準的治療として位置づけられています。

近年、医療の各分野においてエビデンスに基づいて作成されたガイドラインが公表され、標準的な治療法が広く行われるようになりました。鼠径ヘルニアは各外科医のこだわりがあり、また術式による治療成績も大きく異なることはないため、ガイドライン作成は困難だろうと言われてきました。一方でエビデンスも少なからず存在する領域でもあり、ガイドラインの必要性は以前より提唱されていました。

我が国では、日本内視鏡外科学会で内視鏡外科手術のガイドライン(http://www.kanehara-shuppan.co.jp/catalog/detail.html?isbn=9784307202459)がまとめられ、昨年公開されました。私は「鼠径部ヘルニアに対する腹腔鏡手術のガイドライン」の作成メンバーに加えていただき、この分野の勉強をさせていただきました。しかし、鼠径ヘルニア手術において腹腔鏡手術は、メジャーな術式とはいえず、あまりインパクトのあるガイドラインとはなりませんでした。

しかし、今年の9月、EHS(the European Hernia Society)より鼠径ヘルニアの診療ガイドラインが発表され、ヘルニアの専門家の間で大きく注目されています。ダウンロード(https://www.herniaweb.org/library/downloads.php)。ヘルニア診療についてさまざまな面から記載されていますが、注目すべきはLichtenstein法が推奨されている点です。Lichtenstein法は我が国ではほとんど行われていませんが、アメリカでは約3割、ヨーロッパでは約6割の症例で行われている、優れた術式です。我が国では1990年代半ばまで、組織と組織を縫合する術式が主流でしたが、欧米ではこのLichtenstein法が普及しつつある時期でした。1990年代後半になり、メッシュのメーカー主導で、メッシュプラグ法やPHS法が普及するようになり、日本ではLichtenstein法が抜け落ちた形で、メッシュによる術式が広まるという特異な形となりました。私自身も、その風潮に押されるようにさまざまな術式を取り入れてきました。メッシュプラグ法やPHS法以降も、クーゲル法、3D-P法、ダイレクト・クーゲル法など、多くの術式を試してきましたが、1年半ほど前からはLichtenstein法を取り入れています。欧米で広く行われているということだけではなく、日産多摩川病院の中島院長(元・日本ヘルニア学会会長)のLichtenstein法が素晴らしい治療成績を上げていたことにも影響されました。実際やってみると患者さんの術後経過はとてもよいと実感されます。またクーゲルやPHSのように腹膜前腔に侵襲を加えなくてもよい治療成績が得られることも魅力の一つです。今回、Lichtenstein法が思いがけずガイドラインで推奨されたことから、今後、我が国でもLichtenstein派が増えるのではないかと期待しています。

日本ヘルニア学会では、我が国独自のガイドラインを作成することが決まりました。私も作成メンバーに加えていただきましたので、国民の皆様によりよい医療を提供できるように、学会で力を合わせて頑張りたいと思います。